トップ > 不動産トピックス > 移住希望者の3人に1人が就農希望者!? 話題の「農地付き空き家」とは
執筆:オペレーショナルデザイン(株) 取締役デザイナー・データアナリスト 佐々木城夛
2025
3.5
A1 ①荒廃農地の再生・優良農地の確保による食料自給率向上のための農業従事者の確保と担い手への農地提供、②地域住民の生命・身体・財産の保護、生活環境の保全のための空き家問題の解決、という2つの課題解決のため、地域公共団体職員・地域の宅地建物取引業者・農業団体向けに国土交通省が2018年3月に「『農地付き空き家』の手引き(第1版)」に記した言葉。法令上の定義などはない。
A2 上記A1で触れた「『農地付き空き家』の手引き」が昨年10月に改訂されたため。
2023年4月の農地法及び農業経営基盤強化保護法の改正により、経営規模の大小にかかわらず意欲を持って農業に新規に参入する者を支援するべく、農地の権利取得時の下限面積要件が廃止された。従来、50アール以上でなければ売買できなかった農地の規制がなくなったことで新規参入がたやすくなったため、それに合わせた内容変更を行ったほか、これまでの取組事例などが追加掲載された。
A3 2024年10月末に公表された「2024年7月15日現在の耕地面積」は427万2,000ヘクタールで、2015年の449万6,000ヘクタールよりも広さで22万4,000ヘクタール、比率では4.98%減少している。減少した22万4,000ヘクタールは2,240平方kmに該当し、香川県の面積である1,876.66平方kmの約1.2倍に該当する。つまるところ、近年でもこれだけの耕地面積が減少している。
※注:各年横の数値は[耕地面積/荒廃農地面積]
出典:農林水産省「作物統計調査」「荒廃農地面積について」を筆者加工
データの把握が可能な2023年までの荒廃農地との関係を2015年から遡って参照してみると、耕地面積は年々着実に減少している(図表1)。荒廃農地面積との合算値では、荒廃農地面積の占める割合が5.5~6.0%台とほぼ一定している。全体のパイが小さくなる中での動向ゆえ、データ上でも荒廃農地が増えていることを意味しよう。
A4 事実上5年毎に実施している空き家実態調査では、バブル経済崩壊後の90年代より空き家や空き家率は一貫して増加基調にある(図表2)。
出典:総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」を筆者加工
人の手で管理されなくなった建物は早期に朽ち始め、勧告にも応じることなく最終的に代執行(公費解体)に至る事象にも増加基調が認められる(図表3)。代執行実行後の費用請求に対しても、無視して支払わない事象も増えており、自治体側の悩みとなっている模様だ。
出典:国土交通省「空き家等対策の推進に関する特別措置法の施行状況等について」を筆者加工
A5 通常の農地・住居を各々個別に購入・賃借する場合に比べ、農地付き空き家形態で一括で購入・賃借する場合に、特段のメリットはない。基本的な作りとして、取得・賃貸借費用、事務手続き、公租公課(納税)などで恩恵を受けられるわけではない。
他方、個別の自治体では、埼玉県深谷市で、2024年度に農地付き空き家の賃貸借・購入時に上限40万円までのリフォーム費用を助成する制度を運用している実情もみられる。深谷市のこの政策では、既に2024年度分の助成総額に達して申込を謝絶する告知がなされており、相応の効果があったものと見込む。
A1・A2で触れた「『農地付き空き家』の手引き」は、公開されてはいるものもの、あくまで売買・賃貸借当事者向けではなく、媒介・斡旋関係者向けの内容となっており、購入者・賃借者側の目線に立ったものではない。期待感を持った潜在希望者を落胆させぬよう、丁寧な対応が求められる。
A6 「『農地付き空き家』の手引き」上では、移住希望者の男性の3人に1人に「農業をやってみたい」という就農思考がみられる旨の記載がある一方、国土交通省・農林水産省側は直接的な希望者数を公表していない。
他方、総務省の調査によれば、2022年度の国内移住相談件数は37万件と過去最高に達している。その三分の一に就農思考があれば、単純計算で12万3,333件となり、2020年度の総農家数175万戸の約7%に該当する。これだけの数の潜在就農希望者が何らかの形で農業に従事すれば担い手不足の改善の一助となることは想像に難くない。
A7 農地の購入や賃貸借には、これらに先立って全て農業委員会の許可が求められ、その上で農地台帳に耕作者氏名・農地の用途区分・中間管理権の状況などを記入する必要がある。税制上の優遇もされている農地は他の地目とは明確に区別する必要があり、「農地付き空き家」であっても、付いている土地が農地であるならば漏れなく農業委員会の許可が必要となる。インターネット上の解説などでは、「一定の面積に満たない農地は許可が不要」などと書かれたものがあるが、誤りだ。
他方、宅地の一部に庭を設置し、そこで農産物の栽培を行う場合には、地目が「宅地」である限り、面積の大小に関わらず農業委員会の許可は要らない。
A8 幾つかの自治体に接触した限りでは、数ある移住促進策の一つと捉えられている模様だ。希望者は相当数居る模様だが、属性では若年層を退職者層が上回ってもいる様子であった。「リタイヤ後には農業に触れながら暮らしたい」という声が珍しくないようだ。
東名高速道路・新東名高速道度で神奈川県と接している静岡県の小山町では、アクセスの良さから、かねてより農地の付いた不動産の賃貸や売買のニーズがみられていたところ、2024年中に売りに出た3件の農地付き空き家は全て同年中に全て買手がついたとのことであった。
一定の潜在需要が見込めるとすれば、大都市近郊地域などの農地付き物件をアピールすることが、売買・賃貸借契約の一助となる可能性がある。