トップ > 不動産トピックス > 判例紹介)マンション建替事業者の補償金供託時の混合供託
執筆者:(公財)不動産流通推進センター(RTC) 大原孝明
2023
9.27
マンション建替事業者は、再建マンションに関する権利を与えられない区分所有権者に対して補償金を支払う際に、当該区分所有権に係る建物部分が先取特権、質権又は抵当権(以下「抵当権等」という。)の目的物となっているため「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」(以下「円滑化法」という。)76条3項に基づき補償金の支払いに代えてその補償金の供託義務を負う場合に、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、民事執行法156条2項に基づく供託もして、混合供託としなければならない(最高裁令和4年10月6日)。
1. | Y組合(被上告人)は、平成29年3月、大阪府吹田市内のマンション(以下「本件マンション」という。)のマンション建替事業を施行するマンション建替組合として設立された。 | ||||||
2. | Aは、本件マンションの専有部分(以下「本件建物部分」という。)の区分所有権を有していた者であるが、マンション建替事業において、上記区分所有権を失い、かつ、再建されたマンションに関する権利を与えられないものとされたことから、円滑化法75条1号に基づき、Y組合に対し、1905万円の本件補償金の支払請求権を取得した。 | ||||||
3. | 本件建物部分については、抵当権者をB信用保証株式会社とする抵当権及び根抵当権者をC信用金庫とする根抵当権がそれぞれ設定され、その旨の各登記がされていた。 | ||||||
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5. | B信用保証株式会社及びC信用金庫は、本件補償金について、Y組合に供託不要の申出をしなかった。Y組合は、平成29年11月14日、本件補償金について、Aを被供託者とし、円滑化法76条3項を根拠法条とする1905万円の供託(以下「本件供託」という。)をした。 | ||||||
6. | そして、本件補償金の支払請求権を差し押さえたXが、Y組合に対し、1905万円及び遅延損害金を供託の方法により支払うことを求める取立訴訟を提起した。 |
(1) | 円滑化法76条3項が、施行者が抵当権等の目的物について補償金を支払う場合に原則としてその補償金を供託しなければならないものとする趣旨は、この場合に施行者が補償金を直接上記目的物の所有者等に支払ってしまうと、上記抵当権等を有する債権者(以下「抵当権者等」という。)が、事実上、上記補償金に対して物上代位権を行使することができなくなるおそれがあるので、原則として施行者に上記補償金の供託を義務付けることにより、抵当権者等を保護することにあるものと解される。このような趣旨に照らせば、上記の場合に、施行者は、上記所有者等の債権者によって補償金の支払請求権が差し押さえられたとしても、抵当権者等の全てから供託不要の申出があったときを除き、同項に基づく供託義務を負い、このことは、差押えの競合が生じたとしても異なるものではないというべきである。 |
その一方で、民事執行法156条2項によれば、1個の金銭債権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じた場合に、第三債務者は、その債権の全額に相当する金銭の供託義務を負うこととされているところ、円滑化法その他の法令において、施行者が円滑化法76条3項に基づく供託義務を負う場合に、民事執行法156条2項に基づく供託義務を負わない旨を定める規定は存しない。以上によれば、施行者が円滑化法76条3項に基づく補償金の供託義務を負う場合に、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたときは、上記施行者は、上記補償金について、同項に基づく供託義務に加えて、民事執行法156条2項に基づく供託義務を負うというべきである。そうすると、上記施行者は、上記補償金について、円滑化法76条3項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならないと解するのが相当である。このように解しても、抵当権者等は、物上代位権を行使し、差押債権者らに優先して上記混合供託に係る供託金の払渡しを受けることができ、差押債権者らは、その払渡しの後になお残額がある場合に、その残額について配当等を受けることができるにとどまるから、抵当権者等の保護に欠けるところはない。 | |
(2) | これを本件についてみると、前記事実関係等によれば、Y組合は、円滑化法76条3項に基づく本件補償金の供託義務を負うところ、本件補償金の支払請求権に対して、X、B信用保証株式会社及びC信用金庫の各申立てに基づき、複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じたのであるから、Y組合は、本件補償金について、同項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託をしなければならないというべきである。そうすると、Y組合は、本件供託をもってXに対抗することができないことになる。 |
1. | マンション建替事業によって抵当権等となっている目的物が消滅する場合に、抵当権者等の物上代位権の保護を図ることを目的として、円滑化法76条3項では、施行者は、抵当権等の目的物について円滑化法75条所定の補償金を支払うときは、これらの権利者の全てから供託しなくてもよい旨の申出(以下「供託不要の申出」という。)があったときを除き、上記補償金を供託しなければならない旨を規定している(本件では、供託不要の申出がなく、施行者は円滑化法76条3項により本件補償金を供託した。)。 |
2. | 抵当権等の目的物の消滅に伴う抵当権者等の物上代位権の保護を図ることを目的とした他の特別法における規定としては、土地区画整理法による規定がある。同法112条1項では、土地区画整理事業の施行者が施行地区内の宅地等について清算金等を交付する場合において、当該宅地等について抵当権等があるときは、供託不要の申出があったときを除き、その清算金等を供託しなければならない旨が規定されている。 |
3. | 実務上、上記補償金の支払請求権に対して複数の差押命令が発せられ、差押えの競合が生じる場合がある。この場合において、上記補償金の供託によって、上記補償金の支払請求権に対する差押債権の消滅を差押債権者に対抗できるか否かが論点となったものが本事案である。 |
4. | 原審は、差押えの競合が生じたとしても、円滑化法76条3項及び民事執行法156条2項を根拠法条とする混合供託をすることはできない(本件差押債権の消滅をXに対抗できる)とし、Xの請求を棄却した。これに対し、最高裁の本判決は、判旨のとおり、本件差押債権の消滅をXに対抗できないとして、原判決を破棄し、第1審判決を取り消してXの請求を認容した。 |
5. | 供託実務で行われてこなかった混合供託を最高裁が認めたものであり、本判例はマンション建替事業の適切な実施のためにも有意義なものである。 |
一藤哲志・ジュリスト1587号96頁(有斐閣)