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VOL.84
リジェネラティブ
執筆住生活ジャーナリスト 田中直輝
2026
1.21
近年、建築・不動産分野では「リジェネラティブ(Regenerative)」という概念が急速に注目を集めています。似たような概念に「サステナブル」がありますが、これは「持続可能であること、これ以上環境を悪化させないこと」を目標とします。それに対し、リジェネラティブは「環境・社会・経済のあらゆるシステムを再生させ、プラスの状態へ導くこと」を目指す点に特徴があります。
つまり、単に負荷を減らすのではなく、建築行為や都市開発そのものが、地域の自然環境やコミュニティの回復力を高める存在になることを目指す発想です。これまでの環境配慮を超え、社会価値創造の基盤となる考え方として、国内外で導入事例が見られるようになってきました。
リジェネラティブの重要なポイントは、建築物だけではなく、敷地や周辺環境、さらには地域社会を総体として捉えることにあります。建物の省エネ性能を高めるだけでは不十分であり、建築物が立地する土地の自然生態系がどう回復するか、地域の水循環にどう寄与するか、コミュニティの健全性やつながり、安全性をどう向上させるかといった、広義の再生効果が重視されます。建物が存在し続けることで、むしろ地域の環境が豊かになり、人々のウェルビーイングが高まり、経済活動にも持続的な価値をもたらす。これがリジェネラティブの目指す姿です。
世界的には、この考え方に基づく具体的な指標も整備されています。代表例が「LBC(Living Building
Challenge)」や、「REGEN評価基準」などで、建物のエネルギー自立、水の循環利用、生物多様性の向上、敷地固有の生態系の再生、地域コミュニティとの協働など、多面的な視点から評価が行われます。特にLBCでは、建物が生きているように地球環境に貢献することが求められるなど、従来の評価制度と比べても要求水準は極めて高く、環境再生型建築の象徴的存在として知られています。
福岡市中央区天神にある「アクロス福岡」の外観。建物の緑化により天神地区に緑豊かな景観を形作っている
国内でも、建築の現場では自然環境と融和する取り組みが増えつつあります。例えば、建物の外構計画において在来種を中心に植栽し、地域固有の生態系を復元する動きが広がっています。また、雨水の涵養や中水利用によって水循環の改善を図ったり、都市部のヒートアイランド緩和を目的に屋上緑化や壁面緑化を高度化させる事例も増えてきました。単なる装飾的な緑化ではなく、地域の生態系の回復、昆虫や鳥類の生息環境の形成といった「再生」につながる計画が重視されている点が特徴です。
一方、不動産業界でもリジェネラティブは重要な概念として位置づけられつつあります。背景にあるのは、投資家の基準変化と世界的な脱炭素トレンド。ESG投資では、サステナブルに加えプラスインパクトを持つ資産への評価傾向が強まり、単にエネルギー効率が高いだけの建物では差別化が難しくなってきました。そのため不動産デベロッパーや投資ファンドは、地域社会と共創しながら環境再生型の開発を進めることで、物件の長期的価値を高める戦略に舵を切りつつあります。
また、人口減少や都市の縮退が進む日本では、リジェネラティブの考え方は地方都市の再生にも応用可能です。例えば、空き地や遊休不動産を再生し、地域の自然環境と連動させながら新しい生活文化や交流拠点を生み出すプロジェクトが各地で進んでいます。地域住民が参加し、地元産材を活用し、コミュニティのつながりを強化するような開発は、単なる再開発を超えた社会的意義を持ちます。建築が地域の「治癒力」を高める行為となり、都市の新陳代謝を促す役割を果たす――。こうした視点から、リジェネラティブは地方のまちづくりとも親和性が高いといえます。
福岡県筑豊地区のある都市にある「シャッター街化」したアーケード街。このような街にこそ「リジェネラティブ」の開発手法が必要ではないか
さらに、建築技術の進化もリジェネラティブの実装を後押ししています。木造建築の高度化や地域産木材の活用、それを可能とする地域林業との連携、再生材の活用、ライフサイクルカーボンの削減など、素材とサプライチェーン全体で循環型の仕組みを整える動きが広がっています。建物の解体時に生じる廃材を将来の建築資材に循環させる「都市鉱山」の発想や、BIM・デジタルツインを活用して建物のメンテナンス性や修復性を高める技術も、建物寿命の延伸と環境負荷低減に寄与しています。
一方で、リジェネラティブを実現するには、技術やデザインだけでなく、「プロジェクト全体を支える枠組み」が不可欠です。地域の自然や歴史への理解、住民との対話を通じた価値の共創、開発者・行政・専門家の協働など、関係者の意識改革が重要となります。従来は経済性が最優先されがちだった建築・不動産開発において、社会と環境に対する責任を長期視点で捉え、プロジェクトの存在意義を再定義する姿勢が求められています。
例えば、現在、中大規模建築物を木材によって建設する動きが徐々に動き出していますが、その際には大量の木材を使用するため、建築主と施工者(川下)、木材流通業者(川中)、林業関係者(川上)の事情や思惑を理解し、調整する役割を担うコーディネーターの活躍が期待されています。ただ、川上から川下までの関係者の利害に通じた人材はまだ少なく、それが中大規模建築物の木造化を阻害する要因となっており、今後改善が求められる状況です。
リジェネラティブな建築・不動産はまだ発展途上にありますが、これからの都市や建築のあり方を大きく変える可能性を秘めています。環境負荷を減らす段階から、「プラスに転じる」段階へ進むための鍵は、私たちの価値観そのものを転換することにあります。建物が地域を豊かにし、自然環境を再生し、人々の暮らしをより良い方向へ導く存在となる未来は、決して理想論ではありません。その実現に向けて、建築・不動産分野が果たす役割はますます大きくなっています。
地域の森から産出される木材活用を推進しようという動きが活発化しつつある。ただ、それをより円滑な動きにするためには木材流通の川上から川下のそれぞれの利害を調整できる存在も必要だ