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VOL.63
既存不適格建築物
執筆ネクセル総合法律事務所 弁護士 清水 晃
2024
4.17
2024年は自然災害から始まった。本年1月1日16時10分、石川県能登半島沖で発生した地震は、マグニチュード7.6を観測し、死者、負傷者の人数はあわせて1,537人にのぼり、また、全壊家屋8,791棟、半壊家屋11,903棟、一部損壊等もあわせると住家被害は合計7万棟を超えている(2024年2月20日現在、内閣府非常災害対策本部「令和6年能登半島地震に係る被害状況等について」より)。
この能登半島地震では、人的被害もさることながら、建物の被害の大きさも目立った。
能登半島地震で発生した建物被害の大きさの原因として、耐震化率の低さが挙げられている。ここでいう耐震化とは、一般には、1981年6月1日以降から施行された建築基準法に基づいて適用されている、新耐震基準に適合しているか否かを指す。つまり、被害にあった建物は、この基準を満たしていなかったということである。
そうすると、これらの建物は、建築基準法に違反していないのか、という疑問が生じる。答えからいうと、すべての建物が建築基準法に違反しているというわけではない。これが、いわゆる「既存不適格建築物」と「違反建築物」の違いということになる。能登半島地震の建物の被害では、しばしば、この「既存不適格建築物」というワードが使われるが、ときにこの言葉は「違反建築物」と混同されている。この二者には大きな違いがある。
既存不適格建築物や違反建築物という用語は建築基準法にはない。このうち既存不適格建築物について、建築基準法には、適用の除外として「この法律又はこれに基づく命令若しくは条例を改正する法令による改正後のこの法律又はこれに基づく命令若しくは条例の規定の適用の際当該規定に相当する従前の規定に違反している建築物、建築物の敷地又は建築物若しくはその敷地の部分」という規定があるが(建築基準法3条3項1号)、この説明だけだとわかりにくい。
まず、違反建築物は、その名のとおり、建築基準法などの法令の要件に違反して建築された建築物ということである。一方、既存不適格建築物は、建築の時点では、法令の要件に適合していたものの、その後の法令の改正があり、現時点に適用される法令に違反している建築物である(同法3条2項参照)。つまり、この二者には、その建築物が建築された時点で適法であったかどうかという違いがある。
違反建築物は、建築基準法で定められた容積率や建ぺい率、斜線制限などの規定に違反した建物ということで、その概念は、既存不適格建築物に比べるとわかりやすい。それでは、既存不適格建築物はどのようにして発生するのか。
例えば、ある市に所在する100㎡の土地に、延べ床面積100㎡の住宅が建築されたとする。この土地の所在する区域は、準工業地域に指定され、容積率は150%であったとする。住宅が建築された当時、この地域は、住宅と小さな工場が混在する地域であったが、折からの不況で工場は閉鎖されて相次いで住宅地に転用され、その後は完全な住宅街に変容したとする。市はこの状況を考慮して、この土地の所在する区域を、第一種低層住居専用地域に変更した。変更後は容積率が80%になったとする。そうすると、この住宅は、建築当時は法令に適合した建物であったが、その後の用途地域の変更によって、現在の法令には適合しない状態、つまり容積率オーバーになってしまったということである(図① 既存不適格建築物の例)。
ここで注意しておきたいのが、容積率が80%である地域に所在する、100㎡の土地に、延べ床面積80㎡の住宅を建築した場合で、後から、40㎡を増築した住宅は、違反建築物にあたるということである(図② 違反建築物の例)。
法令は、住宅を建築した時点だけでなく、増築した時点でも適合していなければならない。住宅を建築した時点では法令に適合していても、増築した時点で法令に適合していないので違反建築物になる。
既存不適格建築物については、用途変更や増築をせず利用し続けることは問題ない。しかし、これらの法令に適合しない建築物は、特に耐震基準に適合していない場合には、依然として倒壊の可能性が内在する。
建築基準法10条3項は、都道府県知事などの特定行政庁は、既存不適格建築物であっても、著しく保安上危険であるかまたは著しく衛生上有害であると認める場合には、相当の猶予期限を設けて、所有者等に建築物の除却修繕、使用制限など必要な措置を命ずることができると規定している。
国土交通省によれば、住宅ストック総数約6,240万戸のうち、1980年以前に建築された住宅は約1,300万戸、このうち耐震性不足が指摘される住宅は約700万戸とのことである(国土交通省「住宅ストックの姿(耐震性・バリアフリー・省エネの対応状況)より」。
国土交通省は既存ストックの活用も視野に入れているが、既存不適格建築物については、依然として課題が山積している。